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仙台高等裁判所 平成元年(ネ)333号 判決 1994年10月17日

主文

原判決中控訴人・附帯被控訴人敗訴部分を取消す。

右取消部分に関する被控訴人・附帯控訴人らの請求をいずれも棄却する。

被控訴人・附帯控訴人らの附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人・附帯控訴人らの負担とする。

理由

一  被控訴人らの立場及び本件再開発事業に関する事実関係の概要については、次のとおり付加訂正するほか、原判決九十七頁九行目から百十頁九行目まで及び百十四頁一〇行目から百二十九頁四行目までの説示を引用する。

1  原判決九十八頁九行目の「ものであること」の次に「、被控訴人助川義光、同助川光知子、同株式会社丸蒲青果総合食品市場は本件訴訟提起後本件再開発事業区域内の土地建物を第三者に譲渡し、その所有者でなくなつたこと」を加え、同百一頁九行目の「提示」を「検討」と、同百四頁十行目の「仙台通産局長に対し」を「仙台通産局長から」と改め、同百六頁末行の「就任するや、」の次に「同市長は」を加え、同百七頁三行目の括弧内の「以下」を「二十四頁初行で断つたとおり」と、同四行目の「言動がなされた」を「言動をした」と改める。

2  同百十四頁十行目から同百十六頁四行目までの挙示証拠に《証拠略》を加える。

3  同百二十頁末行の「とすることに」を「とすべく関係諸手続を進めることで」と改め、同百二十一頁三行目から同百二十二頁三行目までを削除し、同頁五行目の「するに至つた。その背景として」を「した。このようになつた背景には以下の如き情況の変化があつた。すなわち、」と改める。

4  同百二十三頁三行目の「郡山市内においても」の次に「、既に昭和五〇年ころから大型小売店舗を営む西友、丸井及びダイエー各社の相次ぐ進出をめぐつてこれらの会社と地元百貨店及び中小小売業者との間で深刻な摩擦が発生し、商調協が紛糾した末右三社の各店舗の売場面積を一律三二パーセント削減し、時間をかけて増床することで一応の解決をみたものの、引き続き増床問題が未解決のものとして残されていた状況にあり、」を、同八行目末尾に「なお、そごうの進出が具体化する以前の昭和五七年四月、既に郡山市商工会議所では再開発ビルに都市型百貨店を誘致する政策の当否が会頭選挙の最大の争点となり、これに消極的な立場の会頭が選出された経緯もあつた。」を加え、同百二十四頁初行の「青木市長」を「青木候補」と、同頁二行目末尾の「争点」から四行目の「青木市長」(但し、初めの方)までを「主たる争点であつたか否かはともかくとして、一つの大きな争点となつていたことは当時の新聞報道等に照らしても明らかであつて、結局原計画の見直しを標榜した青木候補」とそれぞれ改め、同百二十六頁六行目の「関しては、」の次に「その商調協の審議に与えるであろう影響力も合わせ考慮すると、原計画の予定していた店舗面積三万一〇〇〇平方メートルの確保は困難であり、」を加え、同行末尾から同七行目にかけての「判断するに至つた」を「の考えに傾くようになつた」と改める。

5  同百二十八頁四行目の「被告市に対する」を削除し、同百二十九頁二行目の「当公判廷」を「原審における控訴代表者尋問において」と改め、同四行目末尾に「一方、被控訴人ら地権者の多くは、原計画が頓挫して以降、控訴人の本件再開発事業に対して協力しない旨表明したうえ、駅前再開発地権者協議会を解散して新たに法廷対策協議会を結成し、控訴人の責任追求に乗り出すと共に、新たな事業計画案の作成への参画を拒んでいる。なお、被控訴人助川義光、同助川光知子、同株式会社丸蒲青果総合食品市場は本件訴訟提起後本件再開発事業区域内の土地建物を第三者に譲渡し、その所有者でなくなつた。」を加える。

二  以上の事実関係に徴すれば、郡山そごうの本件再開発事業からの撤退は、その主たる原因が青木市長の原計画見直し発言及びこれに引続く一連の言動にあるものというべきである。右撤退により原計画が頓挫し、新たな事業計画案の策定が必要になつた以上、青木市長が少なくとも結果的に本件再開発事業の主要部分をなす原計画を変更したものと評価するのが相当である。因みに、本件再開発事業自体は現在まで存続しているものの、事業計画の決定に至らない段階のままで停滞していることが窺われる。

三  市町村が都市計画法一二条一項四号、都市再開発法六条一項により都市計画事業として施行する第一種市街地再開発事業の流れは次のとおりである(なお、両法律とも累次の改正が加えられているが、関係条文の内容は本件事業施行当時のものである。)

すなわち、都道府県知事(以下「知事」という)は市町村の意見を聞くなどして市街地再開発事業に係る都市計画案を作成し(都市計画法五条)、当該計画案を公衆の縦覧に供する(同法一七条)等所定の手続を経て都市計画を決定し、その旨を告示する(同法一八条、二〇条)。右都市計画において事業の施行区域とされた区域内では、建築物の建築は原則として禁止されることになる(同法五三条、五五条)。

これを受けて、市町村は当該市街地再開発事業に係る施行規程を条例で定め(都市再開発法五二条)、かつ公衆の縦覧に供した上で事業計画を定め(同法五一条、五三条。なお、事業に関係ある土地建物等の権利者は右縦覧期間満了の日の翌日から起算して二週間を経過する日までに市町村に意見書を提出することができ、これが採択されると事業計画に修正が加えられる)、当該事業計画において定めた設計の概要につき知事の認可を受けて(同法五一条)事業計画を公告する(同法五四条)。右縦覧、認可及び公告の規定は事業計画の変更につき準用されている(同法五六条)。そして、市町村は関係権利者に再開発事業の概要を周知させ(同法六七条)、施行地区内の土地建物その他の物件につき土地調書及び物件調書を作成し(同法六八条)、権利変換手続開始の登記手続をする(同法七〇条)。権利変換を希望しない施行地区内の土地等の所有者等は右公告の日から三〇日以内にその旨の届出をする(同法七一条)。

市町村は、右届出期間経過後権利変換計画を作成し(同法七二条)、公衆の縦覧に供する(同法八三条)等の手続を経た上知事の認可を受けてこれを公告しかつ関係権利者に通知する(同法七二条、八六条)。権利変換の効力は権利変換期日に発生し(同法八七条)、市町村は遅滞なく権利変換の登記手続をする(同法九〇条)。なお、権利変換を希望しない施行地区内の土地等の所有者等に対しては、権利変換期日までに同法八〇条一項の規定により算定した価額に所定の利息を付した金額が同期日に失う土地建物等の権利の補償金として支払われる(同法九一条)。

その後、市町村は当該再開発事業に係る工事に着手し、事業計画に従つて工事が完了したときはその旨公告し(同法一〇〇条)、施設建築物に関する登記を経由する(同法一〇一条)ほか、その一部の価額の確定等の手続をして関係権利者との間で必要な清算をする(同法一〇三条、一〇四条)。

以上の手続・経過で施行されるのであるが、都市計画は健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念とするものであつて(都市計画法二条)、本来長期的視点に立つて定められるものであり、そのもとで市街地再開発事業は都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的として(都市再開発法一条)、事業区域内の建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備(同法二条)を行うものであつて、当該地域における経済的、社会的、文化的な諸要素を複合した高度に政策的な行政作用である。そして、整備される広場、道路等の公共施設と共に高度利用形態の建築物(以下「施設建築物」という)を建設し、事業区域内の土地、建物等の権利者(以下「地権者」という)の権利を施設建築物の敷地若しくはその共有持分又は施設建築物の一部等に変換する手法による第一種市街地再開発事業においては、事業の公益目的の達成、事業の採算性、地権者の生活基盤の確保等をどう調和させるかの観点から施設建築物の用途、規模を巡つて大きく意見が分かれ、また事業地域周辺の既存経済秩序との利害が対立しやすく、その集約、調整の結果である事業計画の内容は、その性質上当該市町村の産業政策、政治情勢、社会経済状況等によつて大きく影響されるものであつて、これらの変動によつて事業計画が部分的或いは全面的に変更されうることは、前記のように都市再開発法五六条が事業計画の変更についての手続を定めていることから窺われるように、制度自体が予定していることである。地方公共団体たる市町村は、将来にわたつて継続する施策としての事業計画を事実上あるいは法律上決定した場合にも、それが社会情勢等の変動に伴つて住民の利益の観点から見直されあるいは変更されることがあることは当然であつて、市町村は原則として右決定に拘束されるものではないのである。このような計画内容の見直し、変更も事業計画を定める手続の一過程にすぎないというべきであつて、政策的判断における裁量権の逸脱又は濫用にわたらない限り、それ自体が当然に違法となるものではない。

もつとも、地権者が計画内容の見直しにより社会観念上看過することのできない程度の損害を被り、それが再開発事業の手続内において補償されない性質のものであるときには、右の損害を補償するなどの代償的措置を講ずることなく計画内容を変更することは、それがやむを得ない客観的事情によるものでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、当該市町村の不法行為責任を生ぜしめる場合がある。しかしながら、地権者が社会観念上看過することができない程度の損害を被るかどうかの判断にあたつては、都市再開発事業は前記一連の過程を経て始めて完了するものであつて、これに相当期間を要するのは避けられないところであること、右事業においてはその性質上地権者の協力が当然予定されていること、事業計画は市町村の産業政策の変更等に応じて変更される可能性を有するものであるところ、地権者は一般的に地域住民等として市町村の政策(再開発事業もその一種である)形成に関与する立場にあるほか、再開発事業の手続内部においても前記のとおり事業計画の決定について意見を述べる地位が保証されていること、地権者は好むと好まざるとにかかわらず再開発事業に関わらざるを得ない立場に立つ反面、これによる開発利益を享受する機会をも得ること等の点において、いわゆる誘致企業の場合と異なる側面を有することを考慮すべきである。

四  これを本件についてみるに、本件再開発事業につき福島県知事が都市計画を決定して告示し、これを受けて郡山市が施設建築物たる再開発ビルを建設し、地権者らの権利を右ビルの床に変換することを内容とする事業計画を立案し、地権者らの了承のもとに、再開発ビルを商業ビルとし、都市型百貨店のそごうをキーテナントとして誘致する構想(原計画)を立て、そごう本社の出店受諾を得て、その大規模小売店舗たる郡山そごうを開店するのに必要な大店法三条の届出とその所定の手続を進めている段階で、原計画の見直しを標榜して当選した青木市長が従来の施策を変更することを表明し、結局これが契機となつてそごうが出店を辞退するに至り、原計画を軸とする構想が挫折したことは前記認定のとおりである。

そこで、青木市長の右施策変更が地権者たる被控訴人らとの関係で違法となるかどうかが本件の結論を左右する焦点となるわけである。

まず、青木市長の原計画の変更それ自体に裁量権の逸脱又は濫用があるかどうかを検討するに、郡山市が継続的施策たる本件再開発事業の内容として原計画の推進を決定した場合にも、それが住民の利益の観点から社会情勢の変化に伴つて変更されることがあることは当然であつて、郡山市が原則として右決定に拘束されないことは既に判示したとおりである。地方公共団体の長は誠実執行義務(地方自治法一三八条の二)に基づき右のような継続的施策についてもそのときどきの社会情勢等に鑑み住民の利益に合致するよう施策の推進、変更又は中止等の措置をとる責務と権限があり、本件の都市再開発事業のように都市、産業政策上高度な政策的判断が必要とされる問題については、何が住民の利益に合致するかの判断については首長に広範な裁量権が認められるものである。しかして、青木市長が原計画を変更した背景にある社会状況、地域経済の現状、政治情勢の変動に照らせば、右変更にはそれなりの根拠があつたというべきであり(なお、商調協で審議中であるからといつて原計画を見直すことが許されないものではない)、その一方、恣意的に全く行政目的に反する意図の下にこれを行使したなどの事情は認められないので、これについて青木市長に右裁量権の逸脱又は濫用があつたと判断することはできない。もつとも、青木市長の右見直し発言及びこれに引き続く一連の言動は、原計画の実現に強い利害関係を有していた郡山そごう及び被控訴人ら地権者との十分な連絡がないまま唐突になされたものであり、この点で相当性を欠いていたことは否定できないけれども、それだからといつて原計画の見直し行為に裁量権の逸脱又は濫用があつたとまでいうことはできない。また、原計画の見直しという形での変更によつて、本件再開発事業の事業計画はその具体的方針が振出しに戻り、事業の完了までにさらに長期間を要する結果となつて、前に説明した都市計画法五三条、五五条の制約を受けている地権者の不利益をさらに継続させることにはなるが、この程度に長期化するのは未だ法の予定している範囲内にあり、不相当であるとの判断を下すまでに至つていないというべきである。もともと再開発事業は前記のような一連の手続及び各手続の内部での多くの関係者の利害の調節を当然に予定しているのであつて、右の不利益は制度に内在するものとして受忍すべきものであるから、その故をもつて原計画の変更が違法になるものとはいえない。

すすんで、控訴人が被控訴人らの主張する損害を補償することなく原計画を変更することが地権者たる被控訴人らとの間に形成された信頼関係を不当に破壊するものかどうかを検討する。

1  家賃純利益及び保証金運用利益

これが控訴人の補償すべき損害に当たらないことは、次の付加訂正をするほかは原判決百三十二頁十行目から同百三十七頁三行目までの記載のとおりである。

原判決百三十三頁四行目の冒頭に「控訴人は、そもそも被控訴人らに対して原計画を実現すべき法律上の義務を負うものでないことは前記説示のとおりであるから、被控訴人らには控訴人に対してその履行利益の賠償を求める権利はない。また原計画の変更がなされたのは本件再開発事業のうち事業計画作成の段階であつて、この段階では、原計画が実現した場合に被控訴人らが取得するはずの法的地位すなわち再開発ビルの床に対する従前の権利の変換を受け、その賃貸等の活用によつて収益を得る地位は未だ具体化したものとはいえないから、この法的地位の侵害を損害としてその賠償を求めることもできない。さらに、」を、同頁九行目の「被告市としては、」の次に「原計画を進める限りにおいて、」を加え、同百三十五頁八行目の「都市開発事業は」から同百三十六頁四行目の「従えば」までを「前に説示したとおり」と、同頁七行目の「の不都合は」から同八行目の「いい切れない)」までを「は法の許容せざるところというべきである」と、同百三十七頁三行目の「請求」を「主張」と改める。

2  住宅新築設計図面作成料等

被控訴人助川義光、同助川光知子は再開発区域外に転出するための準備費用として支出し又は負担した、移転先に住宅を新築するための設計図面作成料、移転先として予定した代替土地上にある既存建物の取壊費用、同土地の測量及び境界確認証明手続費用を、被控訴人内山町子は同様にして自ら及び亡内山博が支出し又は負担した住宅新築設計図面作成料を原計画の変更によつて被つた損害であると主張する。

右被控訴人ら及び亡内山博が再開発区域外に転出するための準備費用として請求原因6(三)ア、イ各〔{2}〕に記載のとおり右各費目に係る費用を支出し又は負担したことは、前に認定したとおりである。

しかしながら、右費用はいずれも本件再開発事業の手続内において補償される性質のもの、換言すれば、右手続内で補償の対象外として放置されるような費用ではないものというべきである。すなわち、被控訴人助川義光と同助川光知子、同内山町子と亡内山博が、本件再開発事業により同事業区域内に有する土地・建物のうち居住部分につき同事業区域外に移転せざるを得なくなるため、控訴人に対しそれぞれ物件を特定して代替用地の取得を依頼したのに応じて、控訴人が右各地権者に提供する目的で右用地を取得することになるわけであるが、これに先立ち又はこのことを前提として各地権者が支弁する費用のうち、住宅新築設計図面作成料は、代替土地に移転するために必要となつたものとはいえ、本来再開発区域内にある土地建物に代わる新たな資産たる建物を取得するための費用であるから、都市再開発法九一条により支払われる補償金によつて償われるものである。他方、被控訴人助川義光、同助川光知子主張の代替土地上にある既存建物の取壊費用、同土地の測量及び境界確認証明手続費用は、形式的には控訴人が右代替用地を取得するための費用であるが、実質的には右被控訴人らがこれを取得するための費用であつて、権利変換の手続の際に別途その清算が予定されていたことは証拠上窺われないから、右被控訴人らが右各費用を負担したことを考慮して控訴人から地権者に対してその代替用地を提供することにより償われるものとみるべきである。しかして、被控訴人らの主張に係る右各費用の支出又は負担は原計画実施の場合にのみ必要なものではなく、原計画が変更されても第一種市街地再開発事業としての本件再開発事業が継続している以上、いずれ再開発事業区域外への転出のために必要となるものであり、再開発事業の手続内において前記のとおり補償されるものとみるべきことに変わりはない。

なお、《証拠略》によれば、被控訴人内山町子は原計画変更後控訴人に対して代替地取得依頼を取消したことが認められるけれども、原計画の変更によつて直ちに当該代替土地の取得及び同土地への移転が実現不可能になるものでないことはいうまでもないから、地権者において原計画の変更を理由として右取得、移転を取止め、その結果右費用の支出又は負担が無用のものとなつたとしても、右取止めがやむを得ないと認めるべき特段の事情がない限りこれを原計画変更に起因するものと見ることはできない。都市再開発事業がその完了までに長期間を要することが制度上当然に予定されていることは前に説示したとおりであるから、原計画の変更によつて権利変換の手続までにさらに長期間を要することとなつた故のみをもつて直ちに右特段の事情を肯認することはできない。しかして、本件においては、被控訴人内山町子につき右特段の事情を認むべき証拠はない。

また、被控訴人助川義光、同助川光知子が本件訴訟提起後本件再開発事業区域内の土地建物を第三者に譲渡したことは前記のとおりであるから、右被控訴人両名は本人尋問の結果再開発手続内で前記補償を受けるべき地位を失つたことになるが、右譲渡が原計画変更に起因することを窺わせるような証拠はないから、この事実は以上の判断を左右するものとはいえない。なお、前記代替土地上の既存建物の取壊費用、同土地の測量及び境界確認証明手続費用については、第三者たる譲受人は右被控訴人らの地権者としての地位を承継することになるのであつて、右被控訴人らは譲渡に際してこれを加味して譲渡の条件を定めることができるものであるから、右の判断によつて不当な結果が生じるものではない。

以上のとおりであるから、住宅新築設計図面作成料、代替土地上の既存建物の取壊費用、同土地の測量及び境界確認証明手続費用に関する被控訴人らの主張は失当というべきである。

3  地権者会議等出席による日当等及び慰藉料について

青木市長による原計画の見直しの形での変更は計画案が相当程度まで具体化した段階でなされたものであつて、ここに至るまでに地権者らがその実現に向けて多大の時間と労力をかけてきたことは容易に推認できる。《証拠略》によれば、右被控訴人らは地権者又はその代表者若しくは代理人(以下「地権者等」という)としてその主張どおり本件再開発事業に関する会議、説明会、調査会等に出席したことが認められる。しかしながら、都市再開発事業において地権者の協力が予定されていることは前に説示したとおりであるのみならず、右見直しがなされたのは本件再開発事業のうち事業計画作成の段階なのであり、その決定にも至つていなかつたものである。しかも、右計画案は、事業地域周辺の既存商業者と利害が大きく対立する内容のものであつて、商調協の審議の行方も見通しが立つていたわけではなく、政治経済情勢の変化に伴う郡山市の産業政策の変更によつて見直しを受けることも十分あり得たのであるから、その実現が必ずしも確実なものでないことは予想の範囲内にあつたというべきである。そもそも、被控訴人らは、右内容の事業計画案の推進に協力することによつてその限度では郡山市の商業政策の形成に深く関与していたものであり、既存商業者の支持を受けた青木候補の当選という政治情勢の変化によつて、前市長当時に後押しした政策が結果的に実現しなかつたというに過ぎない側面があるのは明らかである。したがつて、従前の計画案の実現に向けて地権者らが前記のとおり時間と労力を費やしたとしても、それを目して右計画案の見直しに際しこれに対して補償しなければ地権者との間の信頼関係を不当に破壊することとなるような、社会観念上看過することのできない程度に至つた損害というのは困難である。

さらに、被控訴人ら地権者等と十分な協議もなしになされた原計画の変更により本件再開発事業は改めて事業計画案の作成の段階に後退し、そうでない場合に比して事業の完成までより以上の長期間を要することとなり、既に都市計画の決定から一〇年余の間一貫して右事業に協力してきた被控訴人らは、その労苦と意図が結実しなかつたばかりか、この先においても都市計画法五五条による土地利用の制限を受けたまま(因みに本件再開発事業は未だ事業計画の決定、公告にまで至つていないから都市再開発法六六条、七〇条等の制限は受けない)右事業の完成を待つ結果となつたことにより、相当の精神的苦痛を受けたことは察するに難くない。しかしながら、そもそも再開発事業が長期間を要するものであることは前記のとおりであり、右土地利用の制限もこれを前提としたうえでの法規制であること及び前段の事情、さらには第四項に示した地権者の地位、立場等を勘案すれば、右精神的苦痛は未だ受忍の限度を超えていないというべきである。

してみれば、地権者会議等出席による日当等及び慰藉料についての被控訴人らの主張はいずれも失当というほかはない。

以上によれば、青木市長による原計画変更の結果、地権者たる被控訴人ら(亡内山博を含めて)が再開発事業の手続内において補償されない性質の、かつ、社会観念上看過することのできない程度に至つた損害を被つたとは認め難いので、右変更はそれがやむを得ない客観的事情によるものかどうかを判断するまでもなく違法なものということはできない。

五  よつて、被控訴人らの請求はいずれも理由がないので、原判決中これを認容した部分を取消して、右部分に係る被控訴人らの請求及び本件附帯控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 信濃孝一 裁判官 小島 浩)

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